意宇川の橋の横に上の宮跡に関する説明があり、どうやら500mほど上流に神の宮跡があるそうです。この熊野大社は、その昔意宇川の源流である天狗山にあったそうですが、中世に現在地に移動し、上の宮と下の宮に分かれたそうです。そして、明治時代に明治政府による神社制度の改正を機に下の宮へ奉遷合祀されたそうです。そんな跡が残っているということになれば、ちょっと立ち寄りたい感じがしますから、ちょっとばかり上流へ歩いて向かう事にしました。
ちょうど、看板のあたりから、水車小屋のあたりを遊歩道が続いています。これ、幸いと歩いて行くことに下のですが、この遊歩道、本当に短い区間しか作られていない様で、途中で途切れてしまいます。結局、ぐるりと駐車場の方に戻って、県道沿いを歩いて、橋を渡ると、ちょっと木々が沢山生えているところがあるなぁと思ったら、まさしくそこが、上の宮跡でした。
そこは、熊野大社とは大きく違い、ただ森があるといった感じです。百数十年前にはここにも、御社があり参拝者も多くこられたのだろうかと思います。いや、それ以前に、このあたりの子供が境内で遊んでいたのでは無いか?ということを考えたりすると、妙に感慨深い感じがします。しばし、緑綺麗な参道跡を社殿跡側から眺めていました。ところで、こちらの上の宮跡から背後の御笠山へ登る事が出来、途中には眼病に効き、あるいは産婦が服すと母乳が満ち足りるという湧き水が、そして頂上からは熊野大社の元宮のあった天狗山(熊野山)への遥拝所が設けられているそうです。となると、少し足元がおぼつかない感じがするのですが、目に効くと聞いたからには、ちょっと興味が出てきたので、山道を登ることにしました。といっても、最初の石の階段をのぼり始めると、すぐにその眼病予防に効くとされる「妙見水」がありました。巨岩からしたたり落ちるとあるのですが、そのしたたり落ちる量も中々のもの。やはり、昨日の台風の雨量が多かったと考えるべきなんでしょう。一応、こちらで目を洗って、また、上がりはじめると、またもやこちらでも「妙見水」の文字が・・・。こちらの方が、看板が新しい様で、受ける鉢も大きい様です。どちらが本当の妙見水?と不思議に思ったわけですが、こちらでも再度、目を洗ってみました。
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ここで、引き返せば終わりなんですが、何となく勿体ない気がして、というか「さぁ、登るぞ!」っと思った直後に見つかったもんですから、せっかくですから、そのまま遥拝所の頂上まで向かう事にしました。なんでも、毎年5月の最終日曜に頂上で神事が行われるそうで、その時は、信者の方々が一緒に頂上まで登っていくそうです。で、この日は6月1日。つまり、先週がその神事だった様です。ということは、比較的、この山道も整備されているはず・・・と思ったのですが、行く手は中々厳しく、腐った木が横たわっていたり、自然を生かした状態で階段を作っているので、妙に勾配のキツイところがあったりして、結構険しい道のりです。
5分程で、祓所に出ます。ここから先は神域となる為か、看板には「祓え給え 清め給え」と3回唱えてから遥拝所に向かう様に書かれてあります。結構、きつい坂道ということも、ちょっと息切れ気味です。そんな状態で、先の言葉を3回唱えるというのは、なかなか難しいもので、なかなか一回も噛まないで唱えられないんですよね。とは言え、噛まないで3回唱える様には指示されていないので、妙にしょうもないことにこだわったとも言えるんですが・・・。
そんなわけで、御祓いも終わり、いよいよ遥拝所への山道を上がります。やはりというか、予想外というか、この祓所から先は、今まで以上に険しい山道といった感じで、右手側は急斜面になっており、足を滑らせると、無事では済まないだろうと感じます。先週、この道を大勢の方が登り降りされたのかと考えると、良くもまぁ無事ですんだものだと、思ったりします。
山道は急ですが、距離はさほどあるわけでは無いので、約5分程で頂上に到着。頂上の入り口には、びっしりと青々とした苔が広がっており、それだけでも神秘さを感じます。遥拝所というわけで、木々がかなり鬱蒼としげっており、そこから天狗山(熊野山)だけが遥拝できるので、天狗山が神々しいものに思えてきます。木々や石などに神々を見つけた日本の文化を少しだけ感じ様な気がしました。神事で使用したのか、白い布がかぶさった机が置いてあったのですが、この山道を持って上がったというのは、なんともすごいことだと、驚きました。片道約15分程度の山登り立ったのですが、なかなか大変でした。でも、何だか登って良かった気がします。
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駐車場に戻ると、駐車場横に八雲村民具資料館なるものを発見。入場無料とのことで、見学させていただきました。といっても、八雲村の公民館の一室を資料館として開放している様で、お客さんは他に誰もいません。入口の窓口に係員の方がいらっしゃるだけで、特に、挨拶を交わすぐらいです。民具というので、どういうものかな?と思っていたら、八雲村のあたりで盛んに行われていた紙漉きの道具を中心とした展示でした。昨年9月に、石州和紙の紙漉き体験のことを思い起こします。本当に、おさらいといった感じなんですが、特に驚いたのが、素人が紙漉きをした和紙と、本職の方が漉かれた和紙の厚さです。素人の作った和紙は、あまりに分厚く、かつ不均等なので、文字を書くには適さない感じです。かわりに、「和紙」という感じがするのですが、本職の方が作られたものを見ると、あまりの違いに唖然としてしまいます。本職の方が漉かれた和紙の方は、これが本当に和紙なのか?と不思議に思うほど薄く、かつ均等で触り心地も大変良い仕上がりになっています。ずっと、和紙はおもむきはあるけれども、実用には適さないと思い込んでいましたから、あまりの薄さに衝撃を受けました。紙そのものは柔らかいのですが、引っ張り方向に対する強度はかなり高い様で、明らかにパルプ材で作られた紙とは一線を画した上等さを感じる事ができました。和鉄にしても和紙にしても、日本古来から伝統文化というのは凄いと改めて思いました。
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さて、資料館で30分ほど見学した後、大根島へ向かう事にしました。大根島というと、ボタンの花が有名だそうですが、今回私が目的としたのは、「溶岩隧道」です。洞窟や洞穴って結構好きなんですよ。特に何に感動するといったことは無いのですが、大自然が作り出したということが、好きなのかもしれません。あれ?炭鉱なんかも好きなので、大自然に限ったわけではなさそうですが・・・(^^ゞ
ということで、大根島に進路をとります。東松江ICを超えて、JRを超えると、中海が見えはじめます。こうやって中海を見ると、かなり大きく、こちらが汽水湖であることは納得できるのですが、大橋川とつながっている宍道湖が何故汽水湖なのかは、不思議に思えてきます。中海というだけあって、海水ということなのかもしれませんね。
右手に中海、左手に田園風景と、なんだかいい雰囲気の道を進むのですが、道路は急に狭くなったり、急に広くなったりと、変化に富んでいます。その途中に、湧水地を発見。たまたま、一台の車が停車していたので、ここで、お水を酌んで帰られるのでしょう。き宇に車を止めるのも何ですし、戻ってまでお水を飲みに行こうとは思わなかったので、素通りしました。そして、いよいよ大根島に続く細長い陸地に入ります。この中海特有のものなのかもしれませんが、大根島へは橋でつながっているというよりも、細長い陸地でつながっているという面白い構造です。地図で見ると、防波堤みたいに見えます。どちらかというと、この陸地がどの様にして出来たのかといった方が気になります。他に同じような細長い陸地が江島から島根半島の方に伸びており、こちらもまた気になります。しかし、思っていたほど、陸地が細いわけでは無く、ただ、真っ直ぐな道が続いているというだけです。確かに海に近いのですが、狭い為に駐車もままならず、あまり体感できませんでした。恐らく、右手側の高台に歩道があるので、そちらから眺めると、面白いのかもしれませんが、車だと楽しみも半減といったところです。
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大根島に到着して、最初に目にしたものは、「廃船」です。島の西側には、廃船置場かの様に、数多くの廃船が並んでおり、映画の世界といった感じです。さて、国の天然記念物という溶岩隧道ですが、その割りにはあまり標識が無く、なんだかアクセスもあまりよくありません。住宅地の真ん中に突然あるといった感じで、駐車場も5台程度駐車できるか?といった感じです。てっきり、天然記念物で有名な施設とばかりと思っていたので、そのあまりにひっそりとした周囲に驚き、特にこれを呼び物にしようという感じはありません。溶岩隧道の入口は整備されてはいるのですが、網がかけられており、中を見学することはできません。外に溶岩隧道について書かれた看板があるだけです。ちょっと期待外れ・・・ということで、第二溶岩隧道へ向かう事にしました。
といっても、この第二溶岩隧道の位置も結構わかりずらく、とりあえず島を見渡せる大塚山の公園に立ち寄りました。町営の公園らしく、綺麗に整備されており、季節にはボタンの花も多く咲いている様です。いつでもボタンの花が見られる様にと温室も用意されているのですが、こちらは300円と有料です。ぐるっと一周すると大根島を一周見渡せるといった感じで、島がそれほど大きいわけでは無いので、手にとる感じでわかるといった感じです。中海に伸びる細長い陸地を見ると、本当に面白い地形だなぁと思います。ふと温室の入口を見ると、「溶岩トンネルの見学をご希望の方は、こちらへご連絡ください」と書かれた貼り紙がありました。そこには、個人名と電話番号が書かれてあり、どうやらこの方が溶岩トンネルを管理されている様で、案内もしている様です。学術的な価値がある様で、第一溶岩トンネルでは、目無し魚(暗闇で住んでいたので、目が退化した)という珍しい魚が発見されたそうです。自然のままに残している為に、あまり一般的に公開はされていない様ですが、もしかする年に数回ぐらいは一般公開日が設けられているのかもしれません。故に、ただの興味本位でやってきた旅人が、わざわざ電話をして時間を割いていただくといった大それたことは出来ないので、内部見学はあきらめる事にしました。事前から予約していれば別の話ですけどね。本当に突然で、今みたいというのは、さすがに失礼ですよね。
第二溶岩トンネルもあきらめて、江島へわたろうとしたところ、第二溶岩トンネルの看板を発見。一応、立ち寄ってみることにしました。こちらは、入口に扉が設けられており、鍵がしっかりとかけられていました。第一溶岩トンネルには無かった、見学される方はの看板がこちらにありました。長靴と懐中電灯も貸し出してくれるとのことで、観光客に見学してもらおうという心意気はある様に感じられました。しかし、どちらかというと、受付を町役場なり公共施設なりに設けており、そこから連絡していただく方が見学しやすい様に思います。恐らく、この様に書かれているので、気さくに連絡させていただいてもいいのかもしれませんけどね。気持ちの持ちようが違う様に思います。 |